絵とことば

黒瀬あうん。創作家。小説家。詩人。僕の生きた証を、ここに。

或る阿呆の残滓

残り滓がつべこべ云わせてと云っているのさ。

どうせ死ぬるなら、道端に痰を吐き捨てたって誰も文句は云わないだろう。

神さまのバチもあたらないだろう。

おっと向こうから、がっちりした体躯の青年がやって来る。

奴に何か云ってやろう。

失うものは何もない。

この身ひとつ。

相手は誰でもいいのさ。

おれのルールは、ただひとつ。

相手を選ばないこと。

上背だって、おれの二倍はあるんじゃないかっていう大男だ。

腕っ節だってきっとあるのだろう。

もっぱら負け戦と分かっていても、

やらないといけない時がある、って誰か云ってた気がする。

へっくしょい。

ええい、おれは選ばない。

動悸がするのは、おれが逃げ腰だからじゃない。

敵をやるという本能が、覚醒しているだけだ。

両眼をぱっと見開き、

今日は、お前に痰を引っかけてやるのさ。

睨みを訊かせ、肩を怒らせる。

どうしたっておれは、道の端なんか歩かない。

大男と肩がぶつかる、いや、奴の二の腕あたりか。

なんか、きさん!

と男を睨みつけたおれは、

ああ!?という男の怒声のうちに

胸倉つかまれ、案の定ぽかぽかと殴られた。

なにもできず倒れ込むと、二三度、ブーツの踵で脇腹を蹴られた。

あっという間に、瀕死のおれは、

あああと虚しく呻いた。

軽が二台は通ったか。

上体を起こすと、

血と涙でまみれた貌を、着古したシャツで拭う。

ぐじゅぐじゅと鼻をすする。

犬の散歩しているおばさんと目が合った。

夕暮れに、鴉の啼き声が遠く谺している。

傍の電柱に、犬が小便引っかけるがごとく、

血に混じった痰をひとつ

かっと吐き捨てた。